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突然の経営者交替に団結してたたかう

kage

2014/10/28 (Tue)

 
 亀山自動車学校では、従業員に対してパワハラを繰り返していた前校長が、ユニオンの追及の中で今春退職し、労使関係がほぼ正常に戻っていた。春からは春闘がたたかわれていた。学校は、組合の要求に対して教官を中心とする正規職員への一定の賃上げを認めてきた。しかし、期間雇用の事務職員やパートタイムの用務員の賃上げにはなかなか応じてこなかった。



 昨秋以来の校長のパワハラ等に対するたたかいは、事務職員も含めた組合員全員で団結してたたかってきたものだ。交渉を重ねてきたところ、正社員が原資を配分するなら認める、というところに到った。ユニオンは、正社員の賃上げを一定抑制し、事務職員や用務員の賃上げをおこなう提案を、組合員の合意のもとにおこなってきた。この線で学校との協定が結ばれるところまできていた。
 
 
 9月20日、学校側が団交を申し入れてきた。今までの団交には必ず出席していた弁護士は出席せず、社長と見知らぬ3名の人間が学校側代表として出席してきた。その内の一人が、突然、前日に開かれた株主総会で社長が交替したことを告げた。発言した人物は、「大阪の都島自動車学校の社長をしている。」と自己紹介をして、自分が新しく亀山自動車学校の社長に就任したことを告げた。
 
 新社長は、その場で、 ①従業員全員、一旦解雇する。 ②11月1日に新会社を立ち上げて、希望者に移籍してもらう。 ③今月中に個人面接をおこなう。 ④労働条件などは今後1年間は現状のまま維持する。 ⑤退職金は払えないので新会社に在籍期間を引き継ぐようにする。などを一方的に発言した。
 
 亀山自動車学校の前社長は、組合に一言の話もなく、秘密裏に学校を身売りしたのだ。彼は、この団交の席でもほとんど発言をしなかった。従業員を信頼しないで、自己保身をはかり、私利に走った無責任さを暴露することになった。
 
 ユニオンは、ただちに反撃の体制を整えた。亀山自動車学校分会は、教官の全員が組合に参加している。結束力の強い組合だ。新しく社長となった人物と、前の社長に対して、経営権譲渡の経緯と財務内容の提示を求めて団交を求めている。


 組合員の労働条件が不利にならないよう、とことん追及していく。





フィリピン台風被害報告

kage

2014/05/08 (Thu)

 フィリピン台風被害報告 

ピノイユニティの仲間の家族が昨年の台風の被害に遭いました。ユニオンみえのカンパで勇気づけられたと言っています。今回、フィリピンから帰ってきて現地の報告をしてもらいました(編集部)

 

私が住んでいる島はビリランです。大体10%20%の家が全壊していることを確認し、無くなった人は7人ぐらいでした。しかし、一番大変は農業です。今のところ何も出来ない状態になっている。だから、安全な食べ物が足りないし、薬「特に解熱、咳、痛み止め」が必要です。避難場所が足りない状態になっているので、テントがあれば助かります。
フィリピン001」

写真はアンディさんが支援金で集まった食物を袋に分けている所です。

 

私の家族は生き残ったが、まだショック状態で、回復に向っています。私が住んでいる地域はインフラが完全にダウンした状態で、まだ電気が回復していないです。お陰様でお母さんの家が奇跡的に残って、いま何人かが、お母さんの家で避難している。

皆一つの輪になってお互いに助け合うと言う意味でのタガログ語「BAYANIHAN」で皆にお互いに励ましています。それで、ユニオンみえのメンバーの協力で集まったカンパで物資を購入して、皆に配りました。自分で撮った写真も送りますので、皆に見せてください。ユニオンみえの組合員全員に誠に感謝します。どうもありがとうございました。

SPU アンディ)
フィリピン002

アンディが撮った写真はお母さんの住んでいる所の近所の家です。ほとんど吹き飛ばされて残っていません。



静岡地裁・不当解雇撤回を求めた裁判を傍聴して

kage

2014/05/08 (Thu)

静岡地裁・不当解雇撤回を求めた裁判を傍聴して
3月19日静岡の裁判闘争の参加報告をKさんに依頼しました。以下その報告です(編集部)

こんにちは、去年からユニオンみえに加入しました、Kです。

319日に傍聴した裁判の感想を簡単にですが、みなさんにお伝えしたいと思います。

この日、私を含めた4名の組合員で静岡地方裁判所に向かいました。5年にも及ぶ裁判の最後の山場を見届けるためです。
 裁判所に到着し、傍聴席は満席になっており、ほぼ組合員で構成されていました。立ち見する事ができず、座席の数が足りないため、外で待っている組合員もいました。私たち4人は、「三重県から折角来てくれたので」と席を譲っていただけましたので、傍聴することができました。
 この裁判は原告Wさんが被告・県民厚生会O元常務よりパワハラを受け、不当解雇された事に対する審理でした。

 裁判はひどい内容でした・・・、まずは原告の口頭弁論から始まりました。Wさんのはなしを聞いているとO元常務が行ってきた悪行とは、勤務表の改ざんを命じ、それによって不正にお金を受け取っていた。その悪事を内部告発したらパワハラを受けた・・・

Wさんはとても辛い思いをしてきたことがわかりました。口頭弁論が終わり、被告側の弁護士がWさんに質問を始めました。
 何を聞いてくるのかと思えば・・・ 被告側の弁護士から「Wさんは以前、泣き崩れたとおっしゃっていましたが、どのように泣き崩れたのですか?泣き崩れるほどまで泣いたのですか?」こんな質問が実際に行われました、意味がわかりません。傍聴席から当然のように野次が飛びました。「関係のない質問をするな!」私も言いたくなりました。こんな質問しかできない所を見ると、被告側の弁護士は、もう打つ手がないようにみえます。

原告側の口頭弁論も終わり、次はいよいよ被告側の口頭弁論でしたが・・・

印象に残っている事は、裁判長が嘘ばかりを並べるO元常務に対して呆れていた。

O元常務が原告側弁護士のいくつかの簡単な質問に対して「わからない」としか答えなくなり、傍聴席から笑いや野次が溢れていた。

本来なら裁判長が笑いや野次を「静粛に」と止めるところを・・・なんと止められませんでした。判決はもう決まったのではないか、そう思えてしまう内容でした。

残業代未払いをユニオンで解決

kage

2014/05/08 (Thu)

残業代未払いをユニオンで解決

――MM社――  

 津市の運送会社、MM社。休憩も残業代もない働かせかたをしてきた。Kさん、Sさんは同じ時期に退職し、労基署に申告した。会社は不誠実な対応を続けてきた。Kさんは先にユニオンみえに加入し、会社と交渉を始めた。Sさんは弁護士に相談したがなかなか埒があかず、Kさんのすすめもあってユニオンに後になって加入し交渉に加わった。争議の経過も含め、2人に報告してもらいました(編集部)


 私は昨年10月に(株)MM社という会社に入社し、配送ドライバーとして112時間以上働いてきました。もちろん休憩も残業代も無いです。休みは日曜日だけです。この状況で、平成254月、仕事中に配送先で荷物が私の身体に倒れてきて、救急車で病院に運ばれ、足の骨を折るケガをして松葉杖で歩くことになりました。普通なら仕事を休み、安静にしておくべきなのですが、会社は休ませる事無く、助手を付けて私に仕事をさせ、まともに病院にも行くことが出来ず、痛みをこらえて仕事をしていました。

その上、私の給与に関しても、助手を付けているという事で減給され、尚且つ、助手の給与を私の労災の休業補償で支払うという事で、社長は勝手に私の口座を使い、申請したのです。また、社長は私に金額の書いていない借用書を出し、これは信用していないというわけじゃないが、休業補償を会社に渡したら、私に返すという事で借用書にサインしました。

そして、私の口座に入っていた休業補償を会社に1円単位まで渡しました。当初、全治1ヶ月と言われたケガもなかなか治らず、8月まで足の痛みに耐えて仕事をし、なんとか松葉杖無しで歩ける様になったので、会社に退職願を提出し、9月末日で会社を退職し、その足で労基署に労災の事と、残業代の事を話しに行きました。

会社は未払いの残業代を認めたが、支払い方法が分割の35回払いだと労基署から連絡が入り、私はこの話に納得出来ず、ユニオンに相談した結果、団交を繰り返し、支払い方法については分割の19回払いに変更されました。労災の件は謝罪をしてもらい、労災保険の休業補償は会社が全額を支払うという事で合意しました。

 

 1人では何も出来なかったけれど、ユニオンの皆さんの力を借りて無事に問題解決が出来た事を感謝しています。ありがとうございます。

(組合員K)

 

 私は、平成25920日まで津市内の(株)MM社という運送会社で働いていた者で、今年の1月にユニオンみえに加入しました。

 在職中の未払い賃金(残業代等)の請求の件では、広岡書記長はじめ、ユニオンみえの方々には大変お世話になりました。

 このMM社という会社は、ハローワークで見つけて入社したのですが、求人票の内容とはあまりにも違っていました。家族のため、生活のためと1年半程在籍しましたが、不満が多く、退職しました。112時間以上の勤務でも、1回も残業代が付いていないし、経営者の気に入らない社員には待遇が悪く、理不尽なことばかりでした。 

共にユニオンみえに加入したKさんとは、この会社での同僚で、彼も同じような不満を持っていました。そして同じ頃に退職して、2人で労働基準監督署に未払い賃金の請求の相談に行きました。

私達の相談を聞いてくれた担当の方は、熱心に動いてくれましたが、会社側は労働基準監督署の呼び出しを断ったりして、賃金の未払いを認めるまでにかなり時間がかかりました。分割払いで支払う約束まで取り付けたものの、月々の支払い金額や、回数は私達の納得のいくものではありませんでした。

そして、Kさんはユニオンみえに、私は弁護士に相談に行きました。

弁護士の話だと、「裁判するには、お金も時間もかかるので、支払うというのなら今の段階でサインをしたら?」ということでした。労働基準監督署を訪れても、行政ではここまでしか出来ないと言われました。 

そんな時に、先にユニオンみえに加入したKさんに組合の事を聞きました。1ヶ月程別々に動いていた間に、個人で動いていた私と、組合に入っていたKさんの進行の差は歴然でした。

 そして、私はユニオンみえに入る事にしました。組合に入ると、すぐその日に広岡書記長が、会社に団交申入書をFAXしてくれました。すぐに会社側の弁護士からの返信FAXが届きました。個人で動いていた時とは、回答の早さが違いました。

 一回目の団交までの日々は、他の組合員の人達の団交に同席させてもらったり、色々話を聞いたりと、勉強になりました。一回目の団交の日は不安でしたが、会議室に「未払い賃金 払え」という横断幕を用意して、社長と弁護士を迎え入れました。広岡書記長、Kさん、はじめ組合員の皆さん、あの時は本当にありがとうございました。

 その後、数回の団交で離職理由の変更、雇用保険の金額変更をして頂き、318日の団交にて、分割回数の短縮、月々の支払い額の増額をしてもらい、調印し解決しました。

 

 広岡書記長はじめ、ユニオンみえの皆様には感謝しています。これからは、他の組合員の方々の力になれたら良いと思っています。

 (組合員 S)


ユニオンみえに感謝

kage

2014/05/08 (Thu)

 ユニオンみえに感謝

ユニオンみえの組合員の皆様こんにちは。私は津ドライビングスクールの松本です。二回目の投稿となりますが、覚えていらっしゃいますか?

 私の事案は、昨年1017日に会社から60歳からの雇用を継続しない事を告げられ、最後の神頼みとしてユニオンみえの門を叩きました。その後、4回の団体交渉をもって頂き解決、合意に至る所まで来ています。組合員の皆さんが読まれる頃には終結していると思います。

 約半年の間に多くの方々の御支援と協力を得ました事を、心から感謝しています。本来、ユニオンみえの門を叩いていなかったら、現在私は無職であり、失業保険受給中だと思います。働ける喜びを妻共々感じています。

私は、中学、高校、社会人とバレーボール競技をしてきました。最終的には国民体育大会の三重選抜強化選手として何度かの試合を戦ってきました。その様な事もあって、私生活での物事をバレーボール戦法に置き換えて過ごしています。

団体交渉というものがどの様な形で行われるか全く知りませんでしたが、回を重ねる度に自分の主張が言える様になり、弁護士さんも事の内容を分かってくれたと思います。中でも難しかったのが、広岡書記長の交渉の中での手法、手腕、戦法を読む事です。味方にも戦い方を教えないという戦法です。そして結果を出し、勝利に導くという巧みな戦法です。その様な事を妻に話すと、「何言っとるの、広岡書記長さんは交渉のプロでしょ!」と言われ、「また足を引っ張ったらダメよ」と笑い・・・。

 私は元気に会社に行っています。今現在、様々な事案で苦しんでいる組合員の皆さんの力に少しでもなれればと考え、支援、協力が出来たらと思っています。

 本当に有難う御座いました。

                            (松本)

職場でケガ、労災を勝ち取り会社と和解

kage

2014/05/08 (Thu)

職場でケガ、労災を勝ち取り会社と和解

――W社――

 

 伊賀市の派遣会社、W社。ブラジル人女性労働者OさんはW社から伊勢農場に派遣されて、卵の洗浄の仕事をしていた。ベルトコンベアーから運ばれてくる卵がいくつも入ったケースを両腕と胸で抱え上げて洗浄機に入れる作業を、昨年の3月から続けていた。5月になって、胸が我慢出来ないくらい痛くなった。医者に行くと、胸骨剣状突起の疲労骨折を診断された。

 

 Oさんは困ってユニオンに相談し、加入した。ユニオンは、派遣会社(W社)に団交を申し入れたが、なかなか応じてこない。一方でOさんは労災認定の申請をしたが、労基署もなかなか労災を認定しなかった。

 

ユニオンは傷病手当金を受けることも検討し、社会保険加入を求めたが、加入条件である労働時間が30時間をクリアーしていなかったため、加入出来なかった。生活を維持する為にも労災認定が不可欠であった。

労基署に対しては、組合員のMさんが通訳として付き添い、立ち入り調査を要求し、調査を実現する粘り強い行動をした結果、遂に労災の認定がおりることになった。            

 会社はOさんを事実上解雇し、弁護士をたててきたので、会社側の弁護士との交渉になった。Oさんは次の仕事が決まっていた事から、自己都合退職とし解決金を支払う事で決着した 

 

仕事が原因で腰や腕を痛めても、労災認定がなかなかとれなかったり、会社側の不誠実な対応により労働者の生活が脅かされる状況が起きている。諦めずに、一つ一つ丁寧に対応していく事が大切だ。