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光精工闘争:リーダーにインタビュー

kage

2009/01/28 (Wed)

――日本人も一緒に労働運動を!――

話し手:グルーポ光リーダー・大成アルサンドロさん

光精工ユニットの大黒柱。
いつもニコニコしていて
頼りがいのある兄貴分。
たたかいが困難な局面になると、
いつも中心にいて、
ガンバロウと皆を励ましている。

Q.出身地は?
A.ブラジル・サンパウロ県の田舎町。
  父親が小さな会社を経営していました。
  17歳までブラジルにいて、
  まだ学校を卒業する前に日本に来ました。

Q.日本へ来てどうでしたか?
A.1992年、
  17歳で日本へ来て、工場で働いた。
  まだ若かったので、
  バイクに乗っていて事故にあって
  大けがをしました。
  派遣会社から解雇され、
  治療代・入院費など全部自己負担でした。
  380万円ぐらい。
  自分の貯金100万円と
  おばさんが280万円支援してくれました。

Q.大変でしたね。
A.身体にビスが入っていたので、
  一度ブラジルに帰って治療しました。
  1997年にもう一度日本に来て、
  愛知県のアイシン精機で働きました。

Q.家族はどうですか?
A.2001年にブラジルに帰って
  結婚しました。
  1年半後に娘(ナミエちゃん)が生まれました。
  ナミエがまだ10ヶ月だった頃、
  また、日本に働きにきました。
  日本に来たらナミエが
  小児ぜんそくになって大変でしたが、
  今度は国民健康保険に入っていて、
  保険で治療することができました。

Q.光精工にはいつ働きはじめましたか?
A.2005年。
  派遣会社フレンドを通して働きはじめました。
  実は、形式は「請負」だったのですが
  実態は派遣という、偽装請負の形でした。
  契約の更新などの手続きはなく、
  ずっと働いてきました。
  2007年、
  契約形態が派遣になり、
  ユニオンに入って問題にしたところ、
  2008年2月になって契約しないと
  言われましたが、
  そのまま働き続け、
  2008年4月16日からは
  期間工(6ヶ月)として
  光精工の直接雇用となりました。

その後、
光精工は6ヶ月の直接雇用をもって
過去の偽装請負・派遣の実績を「クーリング」し、
せっかく直接雇用となった大成さんたちを
再び派遣労働者に戻そうとした。
大成さんを先頭に光精工の労働者たちは
3波にわたるストライキを決行し、
直接雇用の継続をかちとる。
2008年10月のことだ。

Q.ユニオンに入って楽しかったことは?
A.昨年、一番組合員が多いときで86人。
みんなで団結して助け合ってやってきたのが
気持ちがよかったことです。

Q.これからどうしたいですか。
A.光精工は、
  トヨタ自動車の下請けで
  仕事が減ってきたからといって
  希望退職を求めてきました。
  期間工320人中173人が退職に応じたので、
  いま逆に仕事が忙しくなっています。
  組合員が多くが退職に応じないで
  頑張っています。
  私もみんなと一緒に頑張って、
  光精工で働き続けていきたいと思っています。
  光精工で日本人労働者も一緒に
  労働運動ができればいいなと思っています。

ありがとうございました。がんばってください。


【参考記事】
光精工は労働者の直接雇用を継続せよ
光精工闘争勝利報告集会決議
期間の定めなく直接雇用せよ!――光精工
ユニオンみえ:トヨタ下請けで大勝利
外国人労働者の組織化とストライキ闘争
光精工:ユニオンに団結して闘う
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