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7月・8月 ユニオン塾のお知らせ

kage

2017/08/10 (Thu)


ユニ





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NO.56 『 本部書記長 広岡法浄の 言いたい放題 』

kage

2017/07/21 (Fri)




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あたらしい 『ミニ塾』 のお知らせ

kage

2017/07/21 (Fri)




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Don2 64号 フラッシュ 神部紅(じんぶ・あかい)さん  <ユニオンみえ専従>

kage

2017/07/21 (Fri)




Q. 神部さんは三重県の松阪市と関係があると聞いていましたが・・・。

A. わたしの祖父の実家が松阪の郊外にありました。小さい頃、祖父の実家に来てスイカを食べたりした思い出があります。



Q. 神部さんの生まれはどこですか。

A. 千葉県の松戸市です。高校は市川市の学校に行って、20歳頃まで松戸に居たのですが、その後、千葉市の方へ1人で出かけて内装の工事やタイル工、大工、インテリアデザイナーなど建築関係の仕事をずっとしてきました。



Q. 労働組合に関心を持ったのはどんなきっかけでしたか。

A. 建築の仕事は、ケガ・弁当自分持ちという業界でした。ちょうどこの頃、バブルがはじけて不況になり、銀行の貸し渋りが始まって、不渡り・倒産などが拡がりました。インテリアデザイナーとして契約したのですが、仕事が契約と違ったり、試用期間だとして10万円位の給料で1日12時間も働かされたりしました。「契約と違う。」と会社に言ったら、「文句があるなら辞めてもいいんだ。裁判でもなんでもしたらいい。」と言われたので、自分で裁判を起こしました。仲間もいなかったので心細かったのですが、ちょうど首都圏青年ユニオンが結成されたというニュースが耳に入りました。それなら、自分でもユニオンをつくってやろうと思いました。



Q. 首都圏青年ユニオンに参加するのではなくて、自分でユニオンをつくろうと思ったのですね。

A. そうです。2008年に5~6人の仲間と話して千葉青年ユニオンを立ち上げました。労働相談をやったりしていましたが、この年の暮、「派遣村」が日比谷であって、参加したりしていました。



Q. 首都圏青年ユニオンにはいつ頃参加したのですか。

A. 2012年に首都圏青年ユニオンの代替わりがあって、「人を探している、専従としてやらないか」と誘いがあって、引き受けることにしました。専従4人で団交をしたり、労働法制のたたかいをしたり、労組の国際会議に出席したり、色々な経験をすることができ ました。



Q. 首都圏青年ユニオンは、最低賃金のたたかいで積極的にたたかっていましたね。

A. 2013年、ニューヨークに行ってマクドナルドの最賃15㌦のたたかいを経験してきました。それで、世界と連帯して「全国一律時給1500円、今すぐ1000円」をスローガンにたたかいに取り組みました。



Q. 今回ユニオンみえの専従として働くことになって、神部さんが今思っている事はなんですか。

A. 三重県でも東海地方でも、若者がなかなか労働組合に参加できていないと聞いています。若者が困っていない訳は無いので、アプローチの仕方によって、たたかいの輪に参加してくるはずだと思っています。努力してみたいと思っています。




 神部さんが経験してきた運動を、ユニオンみえの中でより拡げて、ユニオン運動が若者の間により受け入れられるよう、私たちも一緒になって努力したいと思います。     








Don2 読者の声 シリーズ ② 弁護士 田巻紘子 (東海労働弁護団幹事)

kage

2017/07/21 (Fri)



ユニオンを拡げ、不条理とたたかえる力を強めたい

弁護士  田巻紘子  (東海労働弁護団幹事)


 久しぶりに「ユニオンみえ」の清水さんから電話をいただく。お元気そうで何より、と思ったのもわずか、「読者の声」の原稿を書けとおっしゃる。「ユニオンみえ」の皆さんにはご無沙汰しており、を一方的に拝読しているだけの者で良いのだろうかと迷いつつ、他ならぬ清水さんのご指示とあって謹んでお受けする。

 自己紹介が遅れましたが、私は名古屋で15年ほどマチベン・労弁(ロウベン。労働弁護士)をしております。弁護士になった直後に、清水さんたちイワタ電工の大量解雇事件の弁護団に入れて頂き、その後も「ユニオンみえ」の皆さんといくつか事件を担当させて頂きました。皆さんに教えて頂いたことはたくさんありますが、特にイワタ電工事件では何があっても諦めることなく明るく運動し続けることが大事と教えて頂きました。勝機が天から降ってくるなんて。得難い経験をさせて頂きました。

 閑話休題。
 マチベンをしていると様々な場面で労働の現場に接することになる。私の場合、一番多いのは離婚の場面。それも女性側である。いろいろな事情でいざ、収入の中心であった夫と別れて生活しようというとき、立ちはだかるのが収入の低さ。結婚、出産を経て離職した女性が好条件(身分が安定、子育てに理解がある、そして一定の収入がある)を得ることはとても難しい。多くは最賃ぎりぎりの時給パート。少しでも時給を高くと物流倉庫へ夜勤パートに出ている方もいるが、子どもと生活しつつの夜勤は大変だ。最低賃金1500円を求める運動が広がっている昨今、最賃1500円が実現したらこのお母さんも夜勤を頑張らずに済むかもしれないと、政策実現に思いをはせる。

 一人親となる女性の境遇につけ込むひどい企業もあった。「正社員で雇ってもらえました」と喜んでいたあるお母さん。実際に働いてみたら、その日のノルマを終えない限り帰らせてもらえない上、仕事が遅いのが悪いと言われて残業代は出ない。仕事に必要なコピーも社長の許可がないと取れず、文具は持参といわれる。あまりにおかしいので、職場の同僚も同じ処遇なのか聞いてごらんというと「先生。みんなシングルマザーでした。酷い会社だってみんな分かってるけど、生活かかっているから簡単には辞めれないって」という返事が返ってきた。使用者は一人親を選んで採用するブラック企業だったのである。彼女は悩んだ末、転職した。転職先の様子を聞いたときの第一声は「先生!ホチキスが(職場に)あります!コピーもできます!」だった。このブラック使用者がもちろん一番悪い。でももし、有期雇用契約が適切に制限され、最賃が生活に足る水準であったなら、そういう労働法制であったなら、彼女達は離婚というしんどい局面で辛い働き方を強いられずに済んだかもしれないのに。無念な気持ちが収まらない。

 一人親世帯の貧困率が50%を超えるといわれる日本。一人親が就労するとなぜか貧困率が上がる、OECD諸国唯一の国でもある。教育・福祉政策や再分配が間違っていることは言うまでもないが、貧弱な労働法制も高い貧困率を生んでいる。そして、とても悔しいことだが彼女達は職場における不条理とたたかえないことがほとんどである。

 〈DonDon〉には、さまざまな困難がありつつも、職場の不条理に対して「ユニオンみえ」という仲間を得て立ち上がり、きっちりたたかう皆さんの姿がたくさんある。立ち上がってたたかうことが容易ではないこの社会で、また、政権も経済界も束になって労働法制を切り崩してくるこの時代に、一人がたたかうことは、その一人の権利を救済するだけでなく、働く者みんなの権利も守ることにもつながっている。

 毎号の記事に胸を熱くし、心からのエールを送り、マチベンも労弁として頑張るぞと決意を新たにさせられる〈DonDon〉なのである。
 



『 1人じゃないから。がんばれる! 』

kage

2017/07/21 (Fri)




みどり